ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

第二事務所が閉鎖した。

二日程前に、私の携帯電話が突然、鳴りました。

「今、京都に着いたんですけど、今晩、どうですか?」

「いや、非常に申し訳無いですが、今晩だけは勘弁してください。」と私

自宅で子供を寝かそうとしている最中の出来事でした。最近のエントリである「5人も子供がいることは良いことです。」で書いたように少々、あの頃の夜の時間帯は外出することが困難な状況でした。

しかし、お蔭様で数日前に息子が退院したので、昨晩、東京からのお客様とお会いすることに。

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多くの場合、お客様や会合したいという方々とは、会社の最寄駅に来ていただき、そのまま車で私の自宅に直行し、その後、自宅付近かつ地下鉄入り口すぐ横という、私にとっても、お会いする方にとっても、非常に便利な場所にある「飲み屋」で様々な話をします。この「飲み屋」を私は自分なりに「第二事務所」と呼んでいるわけです。

この第二事務所は、「今から3名で行きます」と電話すると、定休日でも開けてくれる非常にありがたいお店。3年ほど前にオープンしたのですが、オープン当初から利用させていただき、少なくとも顔なじみのお客として私は位置付けられているようです。

3ヶ月程前に、いつものように「今から行きます」と電話したのですが、なぜか電話が転送されて、「飲み屋のおかみさん」ではなく、娘さんの携帯につながりました。事情を聞くと体調を崩されて入院されたとのこと。あれから今になっても、「第二事務所」に灯りはついていません。

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この「第二事務所」、小さな飲み屋さんです。カウンタと2つのテーブル席。10人入れば満席状態です(といっても満席状態を見たことはありませんが)。しかし、いつ行ってもいわゆる常連さんがおられます。買い物帰りに夕食をとるおばさん、これは私の推測ですがこのおばさんは一人住まいで、この店で夕食をとって、少しの団欒を過ごした後、自宅に戻られるのではないかと思っています。また、犬の散歩途中に、店の前に椅子を出して、犬と共に一杯のビールを飲むおじさんなど。

飲み屋のおかみさんはもう70歳近い方なので、娘さんや息子さんが忙しいときはお手伝いに来られます。そして、この息子さんのお子さんも、お店でお手伝いとなります。本当は深夜に未成年が働くことは違法なのかもしれませんが、小学生のお子さんにビールをついでもらうこともあります。もちろん小学生はお金をもらっているわけではなく、飲み屋の2階で宿題をして、その合間に登場といったところです。こういった方々との会話も楽しいものです。

おかみさんは、私が相手と真面目な話をしている時は、絶対に口出しせず、そうでない絶妙のタイミングで楽しい話題をふってくれる人です。このような「飲み屋」さんの独特の雰囲気、小さなコミュニティに私は魅力を感じ、様々な方々をこの店にお連れしてきました。そして多くの方々に満足していただけたと思っています。

私も何とかこのお店の力になれればということで、初めて来られた方には必ずおかみさんに名刺を渡してもらうようにお願いしています。名刺を元に、年賀状でも書いて販促すればといったところです。もう100枚以上の名刺があの店には保管されているはずです。

いずれにせよ、いつ行っても、お馴染みの顔ぶれがあり、もちろんこれらの方々のお名前もまったく知らず、この飲み屋さんだけでの狭い空間で、たわいもない会話をして、そして出ていく、そんな高級レストランでは味わえない、雰囲気を私は楽しんでいました。

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少し、話を変えます。

米国留学時代、昼食は大学院から車で5分程度の中華料理屋に毎日のように通っていました。この店は中国人ご夫妻お二人でやっている小さな店でした。アメリカの食事に少々、うんざりしていた私は、「新規オープン」というチラシを偶然、見つけ、オープン当初からほぼ通い続けていました。

この店も私は常連となり、店を入ると、いつも私が好んでいる料理が頼むことも無く出てくる、といったそんなニ年間でした。もちろん味もさることながら、300円程度の昼食ですが、毎回、楽しく食べていました。

私が大学院を卒業する時、両親がアメリカまで来てくれました。もちろん、両親と共にこの中華料理屋で昼食をとりました。そして、両親をご夫婦に紹介し、食事後、「残念だが、これがこの店での最後の食事となった」と一言告げました。この時、もちろんご夫婦はびっくりされると同時に、今までありがとうと握手を交わしたことが大きな思い出となっています。

毎日、通い続けることは、小さな出来事かもしれませんが、もうこの店に通うことができないとなった段階で、人生の中での一つのシーンとして残るといったことかもしれません。

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さて、上述した東京のお客様と、いつものように会社の最寄駅で待ち合わせ、そのまま自宅で車をとめて、自宅付近に最近、できた新しい店に行きました。

その途中、「第二事務所」の前を通りかかりました。数週間前までは「しばらく閉店致します」という小さな張り紙があったので、いつかは再開されるのだなと安心していたのですが、昨晩は、張り紙が無くなっていました。もう閉店ではなく閉鎖を決められたようで、次の入居者に備え、店構えも少し変わっていました。

私は、あの「第二事務所」の雰囲気、そしてお連れした100人近い方々との会話、そして常連さんの顔ぶれが今でも目に浮かびます。

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私は一人で酒を飲みにいくことは、今までの人生で一度もありません。これからも無いでしょう。

ただ、もし今回、ご紹介したおかみさんが復帰され、いつかどこかで、「飲み屋」が再度、開店するチャンスがもしあれば、その時だけは、一人でこの店に飲みにいくことにします。

可能であれば、地元の常連さん、そして今までお連れした100名近い方々の誰かと共に。