ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

生まれて初めて想定外の「結果」で終わった運動会での私の話

(それぞれ真っ青な空の下で終えた小学校・保育園の運動会)  「生まれて初めて」というシリーズが続いていますが、これが恐らく最後でしょう、ここ数日に「幽霊様」を筆頭に何も出てこなければ。  さて、先週末は「四男坊最後の保育園の運動会」でした。今年、四男坊は保育園を卒業するため、卒園児の親は、親のみ限定のリレーに参加するという競技が毎年あります。  長男・次男・三男、それぞれ同じ保育園を卒業し、もちろん彼らの最後の運動会で私は卒園児両親限定リレーに参加しています。しかし、過去には私なりの奮闘がありました。  まずは、保育園や運動会に関する過去の私の歴史を振り返ってみましょう。 長男、そして2005年の運動会から始まる私の奮闘  詳細は、下記過去のエントリを是非ともご覧いただきたいと考えていますが、簡単にまとめてみると、以下のような経緯があります。  <長男坊の最後の運動会>  長男坊最後の運動会での卒園時保護者対象リレーは、特に問題なく普通に走り終えました。換言すれば、この頃、長男を含め、次男坊、三男坊ともまだまだ年齢が低く、あまり「父親の走りとは何か」について、理解する年齢に達していない状態でした。  そして私自身もあまり「リレーにおける父親としての走り姿」について、あまり深くは考えていませんでした。  <2005年秋>  次男坊の最後の運動会で、私にとって二度目の卒園時保護者対象リレーに参加。この時に最初の事件は発生しました。  リレー本番当時、私が走る頃には、相手側に対し、かなりリードがあったため、「大人の配慮」により、少し力を抜いた走りで圧倒的な差を僅かばかり縮め、最後はある程度、真剣に私は走りました。  しかし、「最初から最後までの父親の全力疾走の姿」を期待していた子供たちは、リレー終了後、「お父さん、真剣に走っていないじゃないの!」という想像もしていなかった子供たちの非難の声を浴び、少々、がっくりした私でした。  是非とも再読を:2005年10月3日付け  「大人心、競争心、そして子供心」    <2006年秋>  翌2006年は保育園の運動会でのリレー参加の資格はありませんでしたが、突如として、ご近所の依頼で他の町内会開催の運動会に参加することが決定。ここで過去の父親としての名誉回復を期すべく、やる気満々だった私。  まずは「男子100m走」に出場。しかしながら現役の高校生に負けてしまい、結果は2位。次は「町内対抗リレー」で一人200mを走ることに。途中で一人を抜きましたが、その後、またしても若者に抜かれてしまい、2位という結果となりました。  以下、その晩の次男との風呂場での会話です。
「お父さん、100m走、真剣に走っていたでしょ?」と私。 「うん」とうなづく次男。 「2位になったけど、1位は高校生だから仕方が無いでしょ?」と言い訳をする私。 「高校生なんかに負けたら駄目だ」と言い訳は通用しない次男。 「小学生にはお父さんも負けないけど、高校生には負けてしまうよ」とさらなる言い訳をする私。 「うん、わかった。でもお父さん、走り方がちょっと変だった」と強烈な言葉を残す次男。
 ということで、他の我が子供たちも同様に、高校生といった年齢に関係なく、とにかく「懸命なる走り」で最終的に1位となる父親を見たかったようで、残念ながら、父親の「走り」に関する名誉を回復するには至っていません。  是非とも再読を:2005年10月3日付け  「父親としての名誉回復の場は突如として現れたのだが・・・」  では、私にとって生まれて初めての驚愕と表現しても過言ではなかろう経験があった今年の保育園運動会についてご紹介することと致しましょう。 まずは、午前の部である風船割り競争から  午前のプログラムで唯一、親のみ参加できるプログラムが「風船割り競争」。両足元に風船をくくりつけ、二組に分かれて、風船を割り、風船が多く残ったチームが勝ちというもの。  父親限定プログラムでしたが、二組に分かれるという条件が、なんと「35歳以下か35歳以上か」という基準。もちろん私は35歳以上のチーム。保育園のバスの運転手さんは我がチーム。しかし、体操教室のインストラクターの先生は35歳以下の若手チーム。開始当初から明瞭なる大きな差が。  開始前、我が「おじさんチーム」は「若い者に負けるか!」と血気盛んでした。私も、おじさんたちに「体操の先生にまず集中して攻撃しましょう」と作戦会議を練っておりました。  しかしながら、結果は、なんと「おじさんチーム」の勝利。「若手チーム」が力を抜いたわけでもなく、なぜかおじさんの勝利。いずれにせよ、「おじさんたち」は、プログラム後、私も含め、大きな荒い息遣いをしていました。やはり子供心に戻るのでしょう、例え運動会の一つのプログラムと言えども必死にやりました。 昼休み、そしていよいよ親同士リレーへ (写真はあくまでイメージですが、私を含むリレー参加者の保護者の気合を表現しております。)  妻が作った弁当を家族全員で食べ、しばし休息です。  前回の三男坊の親同士リレーの際は、昼食後、一人でリレーに向けて、「全力疾走など予行練習をしていました」が、その姿を保育士の先生方に見つかってしまい、極めて恥ずかしい思いをしたため、今年は何の練習もせず、午後の部のプログラムを静かに観戦しておりました。 いよいよ、親だけが参加するリレーの開始  「ばら1組、2組」に分かれたお父さん、お母さん、それぞれ20名程度。屈伸運動をしているお父さんもいれば、どうみても高校生ではないか!と思うような若者も参加。  私は中盤に走る順番でしたが、その頃には周回遅れで負けておりました。もちろん、それぞれが初対面のお父さん、お母さんが多数おられるため、どちらにバトンを渡していいのか迷う場面など、いろいろとハプニングが発生しておりました。 そしてとうとう私の出番が  私の出番の頃、既に周回遅れでありながらも、二周りの遅れにはならず、ぎりぎり数mの差がついていました。下手をすれば二周りの遅れとなります。  まぁ大丈夫だろうと思いながらも、過去の失敗をしてなるものかとバトンの受け渡しもうまく終え、真剣に一心不乱に私は走りました。  しかし、中盤頃に保育士の先生の耳を疑うようなアナウンスが。  「これは、いい勝負です! いい勝負です!」  「いい勝負」とは接戦を意味するもの。序盤から後者の走者が私にあと一歩で追いつくという状況だったようです。  保育園の運動会のため走る距離は短く、後半の少し手前で、私は1m程、「抜かれてしまいました」。そして、最終的にリレーは、大差を付けられ周回遅れで終了。残念ながら、負けてしまいました。  「抜かれた」という私にとって前代未聞の悔しさ。そして、父親があろうことか、リレーで抜かれてしまったという現実を我が家族に見せてしまった私。  リレー終了後、まったく走り疲れていない私は、保育士の先生に懇願しました。  「先生、もう一回、リレーやりませんか?」と。  しかし、その願いもまったく叶わず、参加者一同、退場門へ移動。  「お父ちゃん、抜かれたらあかんやんか」  家族が待つ場所へ戻るなり、この三男坊の一言が。  もう親としての面目は丸つぶれです。この結果では、いかにして名誉を回復するか、並大抵のものでは通用しません。  それよりも、今まで、小学校から高校まで走る競技で抜かれた経験は私には無く、その結果に対する悔しさも尋常ではありません。まさに思いも寄らぬ、生まれて初めての経験を味わった瞬間といえるでしょう。負けることが嫌いなのです私は。特に競争に関しては。 さて、今後、父親としての名誉回復をどうしたものか?  やはり、「過去に頂戴したコメント」のように、今後、「体力」で父親自慢する年齢ではありません。何か他のもので名誉回復はともかくも、「存在感」くらいは現状維持したいものです。  他にも何かあるか今後、考えてみることとします。  ただ、この年齢になって、毎年、父親の名誉回復だけでなく、単純に「早く走る姿を子供に見せたい」という気持ちがあるだけでも良いのではと考えています。  恐らくこの気持ちは「力を抜かず何事も全力で行う姿を子供たちにも見せたい」という強い思いであり、「負けることが嫌いで、どんなことも全力で」という私の性格なのでしょう。そして子供への態度、この私の性格は今後も変わることはないでしょう。 最後に  四男坊にとって今回が最後の運動会となります。障害物や競争など走る競技だけでなく、団体競技も見事に演じていました。長男の友達も四男坊最後の運動会ということは知っており、団体競技では静かに応援していました。  ある人にしてみれば、「たかが運動会」。しかし私にとっては、「されど運動会」。  我が家族だけでなく、他の家族や子供たち、そして保育士の先生方。それぞれの方の人生の一部として、運動会は大切な思い出であることだけは間違いありません。  と色々と書きましたが、やはり、走りで抜かれるとは、本当に悔しいなぁ(と、まだ言っているしつこい私)。  では、業務再開としましょう。 ※「ベンチャー社長ブログトップ10位へ ※「特選された多様な起業家ブログ集へ ※「新進気鋭アーティスト:鉄人Honey、下記画像をクリック」
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