ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

若かりし頃、私は詐欺に遭遇した:その失敗から得た新規事業成功のために最低限必要な5つのポイント

新規事業  20代後半の頃、もう10数年以上前の話だ。社会人としてはまだまだ子供のような時に私は恥ずかしながら結果として詐欺に遭遇し、600万円近い損をした。この「詐欺」という大失敗から得た教訓から、私の会社では新規事業を展開する基軸を決めている。今回は、私が経験した詐欺の概要とそこから得た新規事業成功に最低限、必要なポイントと思われる点について列挙する。  まずは、詐欺の概要を説明しよう。ちなみに、なぜ20代の当時の私に600万円程の資金があったのか、そして当時、所属していた会社との関係はどうだったのかについては、やはり支障があるため、割愛させていただくことをご容赦いただきたい。いずれにせよ実話であることは確かだ。 私が遭遇した詐欺 ある人との出会い、そして会社設立  若かりしある日、ある方から、「凄い技術を持った人がいるので会わないか」と言われ、実際にその方とお会いした。B氏としよう。彼の技術は、特殊処理による合金加工のようなものだった。B氏は実際に私の目の前で光り輝くサンプルを見せ、様々な技術評価のようなペーパーを出し、そしてこの技術の将来性について熱く語った。  B氏は、「この技術を成功させるために、あと少しだけサンプルが必要だが、その資金が無く、困っている。何とかしてくれないか」と言って話を終えた。もし、今の私であれば、すぐさま「そうですね、検討してみます。」と実質的に断るだろう。しかし、当時の私は若かった。  私は少しだけ逡巡したが、「では、私とBさんで新しい会社をつくりましょう。」と言った。そして300万円で有限会社をつくった。本来、共同で事業を進めるB氏もそれなりの割合で出資すべきところだったが、B氏は10万円のみ出資した。結局、自己資金290万円と会社設立諸経費を合わせ、330万円相当を私は最初に負担した。B氏が10万円のみ出資という点でまず怪しむべきだったのだが。 B氏から請求が続く  B氏は中部地方の方で、当時の私は京都。会社設立後は、B氏とファックスや電話でやり取りしていた。携帯電話もメールも無い時代だ。重要な打合せの際は、B氏の自己負担で新幹線で京都まで来訪された。ここで私は少なからず信用してしまった。経費節約を考えてくれているのだなと。  打合せの際に、B氏から一枚のファックスを見せられた。サンプル製造会社からの見積書で、費用約180万円で全額前払いすることが条件だとB氏は言った。今の私であれば、見積書現物を見せるよう依頼したり、その製造会社に実際に電話で確認するなど、それなりの策を講じるが、私は、またしても深く考えずに、「どうぞこの金額で発注してください」と応じた。  今までの付き合いから、B氏がサンプル製造会社に直接、支払うということで、B氏の口座に約180万円を振り込んだ。これも今から考えれば奇妙な話だ。本来であれば新しく設立した会社からサンプル製造会社の口座に必要額を振り込むのが当然である。  いずれにせよ、その後も、同様に「ファックスによる見積書提示と前払い」という流れでB氏の口座に指定額を振り込み続けた。 資金が底をつく  資本金300万円で設立した会社の資金は、設立3ヶ月で無くなりつつあった。ただ、何度かB氏と対面し、実際に出来上がった様々な形状のサンプルを見て、私は何らの疑問も抱かなかった。そしてB氏は「あともう少しで、ビジネスになりますから」と言い続けた。  しかし、設立当初の資金が、とうとう皆無となった。その旨をB氏に伝えると、「何とかあと少しだけ辛抱して下さい。そうでなければこの技術の権利を誰かに譲りますよ。この技術を欲しい人は大勢いますので」と彼は少し脅した口調で言い、やむなく私は、当初設立の資金330万円に加え、250万円程度を自己資金で用意し、またしてもB氏の口座に段階的に振り込み続けた。 最後通牒、そして騙されたことにやっと気付く  その後もB氏から同様の資金提供の依頼があった。しかし、私の自己資金にも限りがあった。「もうこれ以上は出せません」と私は電話で初めて明確に自分の意思をB氏に伝えた。  B氏は「そうですか、それでは今までの権利を他の人に譲ることとします」と彼は答えた。私は「今まで提供してきた資金はどうなるのですか」と彼に聞いた。B氏は「それは、もう終わった話ですから」と答えた。B氏の対応、口調が大きく変わった瞬間だった。  その段階に来て、やっと私は「これは騙されたのか」と思った。私は、「一度、そちらに伺って、話をさせて下さい」と彼に伝え、中部地方の彼がそれまで示していた自宅へ出向いた。新幹線に乗り、私は地図を片手に彼の自宅へ向かった。  しかし、彼は不在だった。ただ、彼のパートナーと称する女性がそこに住んでいた。いわゆる内縁の妻というものだ。彼女に今までの経緯を伝え、B氏の所在を聞いた。「台湾に長期出張で、いつ戻るかわからない。そして今までの経緯について私には何のことかさっぱりわからない」と彼女は答えた。  私は何の収穫を得ることも無く、京都に戻った。そして二週間後、B氏宅に電話したが、電話回線そのものが繋がらなかった。  私は、ようやく、約600万円すべてを騙し取られたことに気付いた。後になって判明したが、同じ手口で、将来性のある技術と見せかけ、B氏は多くの方に金を騙し取っていたようだった。しかし当時の私には、どういう対処法があるのか相談する相手も無く、結果として、泣き寝入りの状態となった。  ここまでが、私の恥ずかしい詐欺の概要だ。では、この失敗から得た新規事業成功のルールのようなものを列挙する。尚、ここでいう「新規事業」とは会社外部の第三者の技術や経営資源を活用し、共同で新たなビジネスを推進していくことを示す。 詐欺から得た教訓:新規事業成功に必要な5つのポイント 1)他人の技術・ノウハウに完全に依存したビジネスはやるな  本当かどうかはともかくもB氏の「特殊処理による合金加工」は、その技術があってこそ成立するビジネスだ。少なくとも当時の私の知識、また今の私の会社が保有する既存技術においても入り込む余地は皆無だ。換言すれば、他人の技術を応用するノウハウがまったく無ければ、事業化することは不可能に近いということだ。  よって、少なくとも中小企業においては、第三者の技術に完全に依存する形態は、いくらその技術が優れ、そこから生まれた製品が良く売れていたとしても絶対に避けるべきだ。この形態は新規事業ではなく、単なる金で看板とノウハウを買うようなフランチャイズと同じで、大きな展開は絶対に見込めない。  上場企業など体力のある企業であれば、極めて異なる業種・サービスであったとしても、魅力があれば買収によって技術だけでなく買収先が持つ既存顧客さえも獲得し、一定期間は連結対象として売上は増加する。しかし、買収先の技術やノウハウにほぼ完全に依存したビジネスモデルが成功しないことは、上場企業の過去の買収劇の数限りない失敗事例からも明らかだ。上場企業であったとしても事業領域が似た企業の買収が基本であり、基礎体力のある上場企業だからこそ大きなシナジー効果が得られる。逆に極めて異業種の企業買収は、最低限のノウハウや知識も無く、結果として買収先に対して最適な経営判断ができず、上場企業といえども失敗する可能性は高い。 2)自社で判断できない領域には近寄るな  今回、私が若く経験不足だったという点も騙された大きな原因の一つだが、最大の原因は、相手が見せた技術が本物か偽物かどうかまったく理解できなかったことにある。もし、B氏の技術が自分の知っている分野の技術やビジネスモデルなら、容易に市場規模や技術の新規性、優位性など即座に判断できたはずだ。さらに用心深く、知り合いの専門家に技術評価を委ね、その結果から最終的な判断を自ら行うことも可能だった。  私自身も「ホテルマン」から「環境・緑化」という未知の分野で事業を開始した。詳細は書かないが「青森」というまったく見知らぬ地域で「リンゴ農家向けの商品」を販売するために、それなりの知識を獲得すると共に、現場で顧客の声を聞いた。それでも3年程度の月日を要し、やっと「買ってもらうことのできる商品」を開発することができた。それほど、未知の分野に参入することは並大抵の努力では実現不可能と言うことだ。  ましてや、業界特有の商流・慣行・法律などを知らなければ、価格設定も商品ラベルも作成できず、最悪の場合、法律違反で取り締まられる危険性も孕んでいる。このように自社あるいは自分自身が未知の分野でビジネスを行っても時間を要し、失敗の可能性が極めて高い。先に述べたフランチャイズの限界と同じで新たな展開は、ほぼ見込めない。 3)既に保有している顧客層に合わないモノは扱うな  仮にB氏の技術が本物であったとしても、そして商品化できたとしても、自社が持つ既存の顧客層が興味を持たないモノであれば、顧客開拓から始めなければならない。商品化に向けたコスト、ある程度の在庫コストなどの初期投資に加え、十分に満足して買っていただく顧客をゼロから探すという時間と初期コストを総合すれば、最低でも1年間は赤字のままだろう。  先に述べたポイントである「自社既存技術が活用できる・自社の事業領域に合致している」という点がクリアされていたとしても、既存顧客層に受け入れられない商品・サービスは、事業開始当初は既存顧客との信頼関係が構築されているため、数十人に一人は買ってくれるかもしれないが、リピートはほぼ無いと言って良いだろう。  十分に既存顧客に納得いただける背景・意味合いが新たな商品・サービスに付加されていない限り、最悪の場合、既存顧客を失う可能性もある。「何でこの会社はこんなビジネスを突然、始めたのだろうか?」と既存顧客は不安視し、顧客は離れていく。 4)人を信用するな、性悪説で対峙しろ  恥ずかしながら、私が最初から最後までB氏を信用し続けていたことは、上述した「詐欺の概要」から明らかだ。当時の私は「人を疑う」という考え方そのものが皆無だった。B氏の出会いは第三者からの紹介だが、私の例に関係なく、紹介者がどれほど著名な人、どれほど地位の高い人であったとしても、紹介された相手本人については、まず疑いの気持ちを持って対峙すべきだ。もちろん疑いの念を抱いていることなど相手に気付かれぬようにすることはいうまでもない。  新規事業を共同で行う場合、相手が上場企業の社員、有名大学の教授だとしても、そして極論だが永年の友人であったとしても、気を緩めることなく、できる限り、様々な方法で相手やその周辺を事前に調べ尽くすことが必要だ。  相手は様々な感情を持つ人間。騙そうという意識が無いとしても結果として新規事業が失敗に終わった場合、自分自身は「騙された」と思う。いくら綿密な契約書で双方が合意しても、結果がすべてだ。  人を信じるのではなく、結果が出るまでは信じない。また「騙そう」と最初から考えている人間は、まずちょっとした「結果」という「餌」を与えることが多々ある。例えば、最初の数ヶ月の順調な入金などがその最たる例だ。このように最初は順調でも突如として態度が豹変する可能性があることを常に想定し、「僅かでも疑問が生じた場合は、事業そのものを停止し賠償してもらう」といった点について事業開始前に相手に明確に伝えておくことが必要だ。そんなことを事業開始前に言えば、円満に事業など共同で行うことはできないと考える方もおられるだろう。しかし、そのくらいの覚悟、勇気を相手に見せることで、最初から騙そうと考えている相手もこいつは手強いと考え、リスクを回避することができる。 5)単独で事業計画を書けない新規事業などやるな  自分の会社の既存事業事業計画なら多くの方がそれなりに書くことができるだろう。しかし、新規事業を第三者と共同で行うとしても、自分自身が何の不自由も無く事業計画を容易に書くことができないようなものであれば、そのビジネスは絶対に成功しない。  売上計画、収支計画、販促計画など、共同で実施している第三者の力を借りなくともすらすらと自信を持って構築し、誰しも納得させることができるプランを提示できる状態がビジネスの大前提だ。自信の無い、根拠の無い計画に基づいた新規事業はビジネスとは言えず、遅かれ早かれ、そのビジネスは破綻する。 最後に  以上、いろいろと書いてきた。再度、以下に項目としてまとめてみる。今、何らかの形で第三者の協力を得て、新規事業をされている方、しようと考えている方は、以下の項目の一つでも疑問や齟齬が存在していれば、新規事業そのもの、あるいは新規事業を行う相手を見直す必要性がある。 1)新たな事業は自社の強みを最大限に活用できるものか? 2)新たな事業のターゲットのことを知り尽くしているか? 3)新たな事業の顧客を既に持っているか? 4)肩書きや企業規模だけで、相手を信じていないか? 5)事業計画は単独で構築可能で、誰に対しても説得力があるか?  さて、この5つ以外にも新規事業を行う上で留意すべき事項は多々ある。5つをクリアしていても、事業が失敗した場合、誰が責任をとるのかについて事業開始前に明確にしておかなければならない。また、事業が成功した場合、どちらがどれだけ利益を分配するのか、事業が停滞した場合、どの段階で事業を停止するのかなど。  ただ、私の経験上、最も重要と考える点はただ一つだ。先に述べたように、第三者の経営資源やノウハウという有形、無形の協力を得ることを前提としても、「自社単独でもその事業を推進できるものこそが新規事業である」ということに尽きると私は考える。  換言すれば、「自社単独で新しい事業をできないと判断した場合に限り、何が事業推進の壁になっているかを明確にし、それを補完する意味合いで信頼できる第三者を探し、協力を得る」というスタンスを基本としなければ、いつになってもその新規事業は自分の会社の事業の一つには成り得ないと私は考える。 【参考図書】 ビジネスロードテスト 新規事業を成功に導く7つの条件 ビジネスロードテスト 新規事業を成功に導く7つの条件 ジョン・W・ムリンズ ※「ベンチャー企業社長ブログトップ10位へ」 ※「特選された起業家ブログ集トップ10位へ