ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

どっちの料理ショーと元ホテルマンの物語

あるブロガーの方が是非ともということで、帰宅が遅く、多くは残り30分程度だけで終わってしまう「どっちの料理ショー」を昨晩は、最初から見ました。(ちなみにこの番組は家族ともども欠かさず見ているお気に入りです。)

どっちの料理ショー」は、二者択一でどちらかの料理が勝つわけですが、あるブロガー様ご推薦の特選素材が採用された料理が勝ちました。まずは良かったです。また、お手製の「パン焼きかまど」もなかなか見ごたえがありました。(私としては、ファイナルプレゼンテーションで勝負ありと感じました。)

さて、私のサイトをある程度、ご来訪いただいている方はご承知の通り、私は元ホテルマンでした。ホテルマン時代は、有名レストランなど和洋食などのジャンルを問わず、様々な料理を食べ歩きました。

私は、MBA取得し帰国直後に、あるホテルに出向しました。その思い出が「どっちの料理ショー」を見ながらよみがえってきました。

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私は、多くのビジネスマンが一度は宿泊されたであろう全国チェーンのビジネスホテル、今でいうところのシティホテルの創業者一族の一員でした。そして約30階建ての新しいコンセプトの新規ホテル運営のために、横浜の誰もが知っている歴史のあるホテルへ出向しました。26、7歳の頃です。

ホテルに就職される時点での平均年齢は20歳くらいです。例えば20歳で就職すると26歳なら既に6年の経験があるため、ある程度、現場では、中堅どころの位置を占めることができます。出向先ではアルバイト(業界では配膳ともいいますが)という身分で業務をこなしていたため、現場では「ベテランとほぼ同年代」ながら、アルバイトと見なされていたため、様々な雑用を私はしました。

心の中では「オレはMBAホルダーなんだ」と思いながらも、そんなことは表情にも出さず、ただひたすら与えられた仕事をこなしていきました。今までのぬるま湯・過保護な世界から、突然、後ろ盾も権威も無い放り込まれた世界に入ったわけですが、他の方にとっては取るに足らないことかもしれませんが私にとっては、強烈な経験であり、今の私の社会人としての人格形成の基礎となる非常に良い思い出になっています。

フレンチ(フランス料理)で働いていたわけですが、ここのレストランは「水を下さい」とオーダーされると600円は取られるほどの高級レストランでした。素材もすべて一流のものばかりでした。

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さて、出向中も出向後も直属の上司と二人で様々な料理を食べ歩く毎日を続けました。当時の上司は私と20年以上離れた新規ホテルの総支配人だったので、食べ歩きは上司にとっては仕事の一部でした。

普通、料理というものは、すべて皿の上にあるものを食べ終わってから、次に出てくる料理を待つわけですが、上司は料理を一口だけ食べて、瞬時に味を判断して、次の料理をまた一口という状況でした。料理を楽しむというのではなく、このメニューは何がどのように入っているか、自分のホテルの料理に参考になるかという視点で食べるわけで、一日3、4軒をこのペースで食べ歩いていました。

よって、当時の私達にとって見れば、食べることは仕事の一部であり楽しむことではなかったのです。しかし、食べ歩きによって、本物、一流の素材を経験することができました。例えば魚の柳葉魚(ししゃも)。居酒屋やスーパーで目にするししゃもは輸入品で生態的にも、少々違う魚なんです。本当の北海道産ししゃもは、それこそ小さ目のアジくらいの大きさで、まったく味も形も違います。本当のししゃもを食べた時の強烈な記憶は今も残っています。

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このような観点から見ると、「どっちの料理ショー」で出される素材は、すべて最高級品のものばかりでしょう。最高の素材と料理人の腕がうまく合致すれば、今まで経験したことが無い料理を食べることができます。そしておいしいに決まっています。

しかし、本当においしい料理というものは、素材や料理人の手腕だけではないのです。一番大切なものは、素材や味付けではなく、「料理を食べるときの気持ち・状態」にあるのではと思っています。例えば、「どっちの料理ショー」で出されたものとまったく同じ料理を狭い、暗い部屋で一人で食べても、上述した食べ歩き、仕事の一部として考えれば別ですが、多くの方々は「おいしい」とは感じられないでしょう。

料理人が「精魂込めて、心を込めてつくった一品」も、その料理人の心が、食するお客様に伝わらない限り、お客様は、おいしいとは感じないでしょう。逆に料理人の気持ちに関係無く、食するお客様の心が高揚していれば、どんなものでもおいしいと感じられます。

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結局、「環境」なんです。素材でも、店の雰囲気でも、著名な料理人だから、でもないのです。そして、「料理」ではないのです。「食事」なのです。皆様にとって、心から思い出に残る料理、いや「食事」という経験は必ずあるはずです。非日常的な空間を楽しむためにレストランに行くも良し。クリスマスを過ごすために、若い二人が部屋で祝うも良しです。食べる場所は違っても、そこには心を共有している、許しあっている環境、空間、シーンがあるはず。食事を心から楽しむ空間があれば、味や素材は二の次になります。

ちょっと話がずれますが、私が勤務していたホテルは、受験シーズンには受験生が宿泊していました。彼らにとっては、ホテルを出るときは、いよいよ受験という戦いに向かう時。部屋の鍵を預かる時にマニュアル・決まり文句として「いってらっしゃいませ」ではなく、「がんばってね」、帰ってきたときは「お帰りなさいませ」ではなく、「お疲れ様」という言葉をかけていました。まだまだ若い、そして初めて訪れた知らない土地で、一人で受験に対峙する彼らにとって、数少ない心を許せる友人になれればと願いながら。

結局、サービスというもの心が、気持ちが通じることが大前提なのです。ホスピタリティとでもいいましょうか。いくら素晴らしい素材でつくった「料理」も、気持ちが共有されないといつになっても「食事」に変化しません。

おそらくこの考えは、サービス業だけでなく基本的なビジネスルールにも通用するかもしれません。いくら最新技術・素材で作られた製品・商品も使う側に何らかの心を動かすモノがなければ、売れるはずも、使うはずもありません。

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さてさて、「どっちの料理ショー」から、ホテルマン物語から、思うつくままに書き連ねてきましたが、最後に一言。私にとっては、妻や子供達がつくってくれた「料理」を「食事」としてみんなで楽しむときが一番、おいしいです。仕事がらみの会食は、どんな高級料理店でも「料理」の域を超えたことがありません。

皆様にとって思い出の「食事」とは、どんなものでしたでしょうか?

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