ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

本当の意味での「生死を伴う」格差の存在

悲しみ

 私は、飲食店も、ファミリーレストランも、そしてコンビニさえも、すべて行く場所を決めている。何度も通えば、顔馴染になり、マニュアル通りのやりとりでなく、心が通ったやりとりができると考えているからだ。

 ガソリンスタンドも、その中の一つ。価格では選ばない。店員さんと顔馴染になり、何気ない会話を10分程度、終えた後に店を出る。

 数年前の真夏、突然、車のバッテリーが止まった時は、馴染のガソリンスタンドに電話した。スタンドと、かなり距離は離れていたが、すぐに軽トラにバッテリーを乗せ、交換してくれた。もちろん、バッテリーと交換費用のみで、出張料など無かった。

 また、ガソリンを入れた後、通常は「ありがとうございました」で見送られるものだが、家族旅行に行く前に、車のチェックをしてもらった後は、「良き旅になるよう祈っています」と言われた。それだけで心が晴れやかになった。

 残念ながら、そのスタンドは3年ほど前に潰れてしまった。
 閉店という大きな看板を見た瞬間の無念さは、生涯、忘れることは無い。

 そして、2年程前から、通い出した新たなガソリンスタンド。

 店長には中学2年の娘さんがおり、ちょうど我が家の次男と同年齢だ。昼間にガソリンを入れる際は、店長が「本当に勉強しませんわ、社長のところはどうです」と店長の常套句を聞きながら、最後は「まぁ、なんとかなりますよねぇ」で終わる。

 夕方は、16時から22時まで勤務する71歳の方が私の担当となる。一度、辞めさせられたようだが、半年後に、また復帰された。
 この方は、若かりし頃、西陣で織物関係の仕事をされており、引退後、スタンドの店員となられた。

 2ヶ月ほど前、左手に包帯をされていた。

 「どうしたんですか、その手は」と私。
 「いやいや、こけてしまいまして」と店員さん。

 「仕事になりませんでしょ、それでは」と私。
 「いや、何とかやってます。休めませんので」と店員さん。

 骨折されたそうだが、スタンドを休むと、また解雇されるため、何とか激痛に耐えながらも、給油している車の窓を拭かれている。もちろん、私は窓拭きはしてもらっていない。

 そして、数日前、衆議院で消費増税の法案が可決した翌日夕方にスタンドに行った。

 「とうとう、消費税、通りましたねぇ」と私。
 「えっ、そうなんですか」と店員さん。

 この応答を聞いた時、瞬時に理解した。

 お一人で住まいされ、お一人で食事を作られていることは過去の会話で知っていたが、パソコンを持っておられるとは思っていなかったが、テレビも新聞も無いということを。

 スタンドには、雑誌や新聞などが置いてあるはずだが、それさえ見ておられないのだろう。

 少し、視点を変える。

 今年の夏、関西電力管内で計画停電が行われる可能性がある。事前の通達方法は、新聞、ネット経由、携帯でのメールなどだ。

 換言すれば、店員さんは、停電という情報を事前に知り得る状況に無いということ。もしかすれば、計画停電すら、未だに知っておられないかもしれない。

 今、このWeblogもそうだが、TwitterFacebookなど、多様なツールによって情報を得ることができ、発信することもできる。Amazonがあれば、ほとんどのモノを買うことができる。

 しかし、パソコンや携帯電話が無ければ無理な話だ。

 私の母親は、携帯電話を持っているが友人とのメールでのやりとりくらいで、あとは通話のみ。ただ液晶テレビで天気予報も見ることもでき、新聞も読んでおり、最低限の情報は確保できている。

 さて、お世話になっているご高齢のガソリンスタンドの店員さん。

 世間には、携帯やスマートフォンさえあれば、テレビも新聞も必要無いという方が存在する。店員さんは、唯一の情報源である新聞も無い。新聞くらい購読しろよと思われる方があるかもしれないが、他の生活費に回されているのだろう。だからこそ、骨折してもスタンドの店員を続けておられるのだ。

 「インターネットというインフラ」は、素晴らしいモノである。私も米国留学時代にネットがあれば、高い国際電話など払う必要が無かったなと、今でも思う。

 ただ、インターネットというインフラは「格差」を生み出す可能性がある。
 インターネットを使うことができない人と、使っている人には大きな情報の格差が存在することは、多くの方に理解していただけると思う。

 少なくとも、日本に限って言えば、インターネットというインフラがあったとしても、店員さんのように、インフラを利用できない方は多数、おられると思う。そして新聞もテレビも無い方も。
 計画停電も、台風情報も、地震も、すべて情報をリアルタイムで把握できない。正に、生死に関わることを知り得ることができない。

 インターネット、新聞、テレビといったインフラに依存し過ぎている今の日本。
 これらのインフラから取り残されている方々への配慮が無ければ、今後、インフラに依存できない方との格差は広がる一方である。

 新聞という最も古いインフラも利用できない人々の存在。その事実に気付きながらも何もできない私、そしてインターネットというインフラに傾倒し過ぎている今の日本。

 インターネットというインフラが発展した今、「格差」は既に生じている。そして何もインフラを利用できない方には、「生死を伴う」格差が襲っている。

 「解」は無い。ただ、現実に一人のスタンドの店員さんに「生死を伴う」格差が生じていることは事実として存在している。

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