ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

硫化水素自殺の連鎖:ネット規制より、自らをコントロールできるメディアこそが報道を規制すべきと私は思う

画面  硫化水素を発生させることによる自殺が相次いでいる。これに対し、警察が国内のプロバイダーに硫化水素を発生させる方法など、自殺を促すような書き込みを削除するように申し入れたという。しかし、海外のサーバーまでには手が届かない話であり、完全な解決策とは言えない。誰もがわかっているはずの話だ。 ネットの情報は発端に過ぎない  ネットに書かれた方法を見たことで、誰かが硫化水素による自殺を図ったことが発端である可能性が高いことを私は否定しない。しかし、ここまで硫化水素による自殺が連鎖している原因が果たしてネットが最大の原因かと言えば私には疑問符が残る。  「硫化水素自殺が続く 鳥越「ネット情報見た連鎖」: スーパーモーニング :J-CAST テレビウォッチ」で、鳥越氏はこう述べている。  
明らかにインターネットで情報を見た連鎖反応、練炭自殺に変わる方法でまるで流行のようだ。社会が病んでいるとしか思えない。
 先に書いたように発端はネットかもしれない。また「ネットに氾濫する有害情報=社会が病んでいる一つの証左」であることも否定しない。しかし連鎖反応、あるいは「流行」という表現が適切かどうかはともかく、硫化水素による自殺が多発している原因が、鳥越氏が指摘する「明らかにネット情報によるものだけ」とは私には思えない。 自殺者の報道をメディアは網羅していないという現実  そもそも、日本は年間に約3万人の方が自殺によって亡くなっている。自殺の原因は多様であり、命の絶たれ方もそれぞれだ。しかし、年間3万人にも及ぶ自殺者について、メディアはすべてを報道していない。いうまでもなく、3万人の自殺された方すべてを報道していれば、それだけで毎日、紙面は埋め尽くされてしまう。  私はメディア関連の人間ではないため、自殺に関して、どのような基準で記事や報道として取り上げるかについては、わからない。ただ、先に述べたように自殺されたすべての方を報道していないことだけは確かだ。 硫化水素による自殺報道の露出の異常さ  硫化水素自殺が相次いでいることは確かだ。しかし、様々な理由で命を絶つという大きな事柄であるとしても、現時点では、絶対数を見れば、年間3万人の自殺によって亡くなられた方全体では一部に過ぎないにも関わらず、新聞やテレビなどでの報道、露出は異常に多いと言えるのではないだろうか。私には恣意的な何かが存在しているのではと思えて仕方が無い。それが視聴率なのか、他の人を巻き添えにしてしまった事案があった硫化水素の自殺特有の問題に報道の必要性を考えているのか私には不明だが、それにしても多過ぎる。  例えば、「「硫化水素自殺? 茨城で公務員の男性死亡」事件です‐事件ニュース:イザ!」では、茨城県の公務員の男性が亡くなった事件について報道している。しかし、「硫化水素自殺?・・・」という見出しにする必要性はあるだろうか。  他にも「硫化水素自殺相次ぐ・・・」といった報道は異常と思えるほど多々ある。 ネットではなくテレビや新聞がまだまだ一次情報という現実  硫化水素による自殺の議論から少し話を変える。  祝日になると私の家には子供たちの友人が多数集まり、自宅や外で遊んでいる。小学校の高学年だ。彼ら彼女らの会話を聞いていると「KY(空気が読めない)」といった、流行語にもなった言葉を日常語のように違和感無く使っている。  また、何かの会話の流れで、私の長男に安倍前総理のことを聞いたことがある。長男は安倍前総理が何とも表現し難い辞任をしたことを知っていた。  私は自宅で「KY」といった表現を子供たちにしたことは無い。また、安倍氏の辞任騒動について親として教えたこともない。しかし、長男に限らず、今の小学生たちは、「KY」や安倍氏の辞任など世間を騒がせた事柄について知っている。  彼ら彼女らが、なぜこのようなことを知っているのか。親や先生からではないだろう。誰かがテレビや新聞の報道を見たことが発端で、それが友人間で伝聞したのだろう。そしてテレビや新聞の報道が繰り返されることで、強固なものとなって伝播していく。自殺の議論とはまったく違うが、嫌になるほどテレビから繰り返し流されるお笑い芸人のフレーズが、全国の子供たちに伝播し真似されていくことと循環は同じと言える。  リアルタイムといっても良い程、ネットは情報の伝達が異常に早い。巨大掲示板が最たる例だろう。しかし、小学生たちがパソコンや携帯の画面で四六時中、ネットを見ているとは思えない。少なくとも子供たちにとっては一次情報は繰り返し流されるテレビや新聞だ。お年寄り、高齢の方も多くの方が一次情報はテレビや新聞だろう。  過日、中学時代の現役の恩師と話をする機会があった。先生曰く、今の中学生は、当然の如くほぼ全員、携帯電話を持っており、多くの中学生がブログも持っているとの話だった。また、私にはあまりよく分からない分野だが「学校の裏サイト」や「プロフ」も常識との話だった。  中学生や高校生も携帯などのツールを使って様々な情報を得ると共に情報を共有しているだろう。よって、彼ら彼女らにとって一次情報はネットと言えるかもしれない。ただ、その一次情報は中身はともかく極めて狭い内容に限定されていると考える。いわゆる自分自身の周辺の事柄であり、政治問題や社会問題など世間で起こっている様々な事象などでは無いはずだ。ましてや「硫化水素で自殺する方法がこのサイトで書かれている」といったことを日常的に中学生や高校生が情報交換しているとは思えない。一部ではそんな情報を交換している可能性も否定できないが。  よって、冒頭で書いたように、中学生や高校生にとってもネットは発端に過ぎない。ネットは単なるツールと考えた方が正しいかもしれない。しかし、何らかの形で事件化した段階でメディアがそれを繰り返し報道する。その報道が友人同士で伝播され、改めて、中学生や高校生がネットで情報を得ようとする。そして、本当に悩みを持つ子供、そして若者や大人が、実際に残念な行動に移してしまう。それが硫化水素の自殺の連鎖の根幹ではないだろうか。 やはりメディアは報道を自主規制する段階にある  ネットが発端であることの社会性は強く認識する必要はある。有害情報の発端であることも同様だ。しかし、背後にリアルかつダークな人間が現実に存在しているとしても、ネットは簡単にはコントロールが効かない。しかし、報道はコントロールできるはずだ。  メディアの過剰報道は、極めて微妙な表現だが、悩みを持つ人々の背中を押しているのではないかとすら私は感じる時がある。そういった可能性をメディア、報道する方々は少しでも考えているのだろうか。考えているのであれば、メディア全体で協議し自主規制を行うべきだと私は考える。  アメリカ同時多発テロ事件、いわゆる9.11事件では、世界貿易センタービルへの飛行機の激突場面は数千人が瞬時に殺害された映像であり、子供たちへの影響を考え、その後、リアルな映像の報道は自粛されていった。同時多発テロ事件という世界を震撼させ、これこそ報道を続けるべきものについても、ある部分についてアメリカのメディアは自主規制というコントロールをかけた。  自分自身が子供を持つ一人の親として考えてみればいい。「硫化水素で自殺した方が相次いでいます」という番組を私の子供が見ていれば、少なくとも私は無言でチャンネルを変えるだろう。いくら自分の子供に対して不安を持っていないとしてもだ。ワイドショーなどで過剰表現された番組ならなおさらのことだ。  換言すれば、現時点では親がチャンネルを変えるしか方法がないのが現実なのだ。しかし子供が見ている番組を常に監視することなど不可能だ。だからこそ、報道側が「自主規制」すべきだと私は考える。  何度も言うが、ネットはコントロールできない。しかしメディアは自らコントロールすることが可能だ。だからこそ、明日からでも「硫化水素の自殺」に関する報道は一切、自粛すべきと私は考える。  メディアが繰り返し報道することで生じる連鎖反応的な硫化水素による自殺者をこれ以上増やさないために。    もし、自らコントロールすらできないのがメディアの現実であるならば、人の命に関わる報道など、一切する立場にないと私は考える。 【関連エントリ】 「インターネットに「自殺幇助」を転嫁するマスコミ::マスコミ関係※「ベンチャー企業社長ブログトップ10位へ」 ※「特選された起業家ブログ集トップ10位へ
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