ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

ある眼鏡屋での店員さんの涙

 いつもお世話になっている眼鏡屋さん。何週間か前に「閉店」のお知らせの葉書が到着していた。突然のことだった。  お世話になっているとはいえ、毎月、通うというものでもない。ただ、子供たちとの格闘で頻繁にフレームが歪むため、調整してもらうために通常の方より来店回数は多いのかもしれない。  この眼鏡屋さんは、店長と女性の店員2、3名という体制だが、私の担当は、ある女性店員の方と決まっており、店長だけでなく、この女性店員さんともすっかり顔馴染みだ。  数週間前、小学校の検査で、長男坊はそろそろ眼鏡をかける方が良いとのご指摘を受け、妻が長男と共に眼科で処方箋をもらってきた。次男坊に続き、長男も眼鏡をかけることとなった。  そして、1週間前の週末に長男と共にいつもの眼鏡屋さんで彼の眼鏡を選んだ。お蔭様で、4万円程のかなりの出費ではあったが、良いデザインの眼鏡で、長男も満足しているようだった。  長男の眼鏡を選ぶ際、もちろん中心となる会話は眼鏡のデザインやレンズに関するものだったが、やはり「閉店」に関する話もあった。閉店後は、少し離れた店舗に顧客データが移行され、そこでまたお世話になるのだが、店長、店員さんともそれぞれまったく違う店舗に異動とのことだった。私の担当の女性店員さんはまだ異動先も決まっていないとのことで、私が何かできる話ではないが、もどかしいものを感じた。  私の性格かもしれないが、商品やサービスの良し悪し、価格が手頃といった基準で、店を選ぶことはほとんど無い。ガソリンスタンドも、常に同じところだ。スタンドの店員との何気ない会話が私の性分に合っているというだけだが、私にとっては最も重要なことなのだ。  そして、違和感の無い会話や応答ができる「人」がいる店の一つがこの眼鏡屋であり店員さんなのだ。いくら顧客データが移行し、円滑にサービスは続けられるとしても、その店舗の「人」が私にとっては重要であり、本当に今回の閉店は残念な話だった。  話を長男の眼鏡に戻す。  昨日の日曜に、できあがった長男の眼鏡を頂戴しに行った。あと2週間ほどで閉店というぎりぎりの日だ。  店のドアを開けた瞬間、いや、挨拶する間もないほど瞬時に、いつもの女性店員の方が、長男の眼鏡を手に声をかけていただいた。「どうぞおかけ下さい」と。  その後、眼鏡のフレーム調整の方法など、少し店員さんと会話をしていたが、眼鏡をかけ、周りを見渡していた長男が一言、呟いた。  「あぁ、やっぱり外がくっきり見える」と。  その直後、店員さんの眼から大きな涙があふれだした。  予兆のようなものはあった。店員さんと閉店の話をしていた時から店員さんは何とも的確な表現が見つからない表情をしていた。悲しみでもなければつらさでもない。ただ顔つきはいつもと違っていた。  そして、長男の何気ない一言。  恐らく、店員さんにとって最高の言葉だったのかもしれない。  数年ほどお世話になっただけである。そして私以外に担当するお客さんは相当数あるだろう。その中にはクレームばかり言う人もいれば、私以上に何度も来店され懇意にされている方もいるだろう。ましてや長男は2回だけの来店。初めての客と言ってもいい。  もちろん、まもなく「閉店」という事実に対する店員さんの本当の気持ちを私は知ることはできない。ただ、長男が眼鏡をかけ、最初に出た言葉が「やっぱり、外がくっきり見える」だった。  私が店員さんと同じ立場であったとすれば、やはり嬉しい言葉である。涙を流すかどうかについては想像できないが、嬉しい気持ちになるに決まっている。  その後、「また、どこかでお会いできればいいですね」と一言、店員さんに別れを告げ、長男と共に店を出た。  ふと後ろを振り返ると、そこには涙を隠しながら、深く頭を下げ続けている彼女の姿があった。  そして、私も長男も、店の外ではあったが、再度、深く頭を下げ、車に乗り込んだ。 ※「ベンチャー社長ブログトップ10位へ ※「特選された多様な起業家ブログ集へ ※「新進気鋭アーティスト:鉄人Honey、下記画像をクリック」