ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

一度、過ちを犯せば、過ちは繰り返されるもの

 ある日、お世話になっている専門家からメールが。詳細は書けないが、私が所属し事務局長的なことをしている団体の過去の申請書類に間違いがあり、修正すべきという内容だった。一年前程度の間違いであれば、罰金などあり得ず、現時点で修正申請をすれば良いが、過去の申請内容が間違っており修正したという記録だけは残るとの専門家の指摘。私は今まで、数年間に渡り、何の間違いもなく、多方面への書類を基本的に自分自身で申請してきただけに、少しショックであった。そして、間違ったという記録が残らない方法をここ数日間、模索していた。そして解決策を見出せず、所属する団体のトップに事情を昨日、メールで報告した。そして、トップからは「コンプライアンス」とだけ書かれたメールが深夜に到着した。

 上述したように、申請書類は、基本的には法が定める事項を完全にカバーできていなかったが、極めて軽微な内容だった。ただ、「私は団体の記録に傷が付く」・「団体のメンバーに申し訳ない」という気持ちが心の大半を占めてしまい、少し正常な判断ができない状態だった。

 そして、結果として、団体トップに対し、今回の件について、回避策・対応策、懸念される事項等を書いたメールを送信した。トップは、私が書いた文言をすべて消去し、「コンプライアンス」とだけ書いたメールを送信された。

 この「コンプライアンス」という語句を見て、私は眼前にかかっていた霧のようなものが、すっかりと消え、今朝すぐに、専門家に申請書類修正の依頼をメールでお願いした。「いろいろとご迷惑をおかけしましたが、法令遵守でお願いします」と書き、メール送信後、専門家へ電話した。メールを確認した専門家も即座に「コンプライアンスですね、最適な判断をされました」と一言。

 世間では「偽装」・「裏金」・「隠蔽」といった様々な問題が起きている。これからも起きるだろう。しかしこれらの問題の発端には恐らく、共通したものがあると私は考える。それは「誰かが始めた・誰かが引き金を引いた」ということ。そして、誰かが始めたため、それを隠すために、次の誰かがそれを引き継いでいく。このようにして過ちが繰り返され、常態化し、結果として「過ち」と思わない感覚が生じていく。

 始めた理由は、多様だろう。「利益のため」・「上司から引き継いだため」・「ミスを隠すため」など。しかし、重複になるが、誰か一人が、あるいはどこかの部署やグループがまず、理由はともかくも、いつかの時点から始めてしまったことだけは事実だろう。

 私も「法令遵守」・「コンプライアンス」といった世間で散見されている文言を意識して、会社運営だけでなく、日々の生活においてもそれなりに考え、行動しているつもりだった。しかし、今回、「申請書類のミス」という、団体の存続の危機にもまったく関係なく、自分が責められることでもない、ちょっとした例外が生じただけで、私は右往左往し、正常な判断が一時、できなくなった。自分とは、こんなに弱いものであったのかとも今となって自覚している。

 もし、団体トップからの「コンプライアンス」というメールの文言が無ければ、正常でない判断をしてしまい、結局、「間違った引き金を引き、さらなる間違いを繰り返し続ける」可能性が将来、生じたかもしれない。

 「偽装」・「裏金」・「隠蔽」と問題視することは容易である。問題視することも私はもちろん否定しない。

 ただ、利益のためや、保身のため、ちょっとしたミスを隠すために「誰が小さな間違った引き金を引く可能性」、そしてその「小さな引き金が、やがて誰もが解決できないほど大きなトリガーとなり、社会問題として顕在化、露呈する」という過程・事実が存在していることこそ、注視すべきでないかと私は考える。

 人間という弱い存在が介在している限り、一度、誰かが犯した過ちは、それを隠すために誰かによって繰り返されると私は考える。

 よって、どんなチェック機能が存在していたとしても、そのチェック機能に過大に依存せず、「過ちはいつも存在し問題化する」という可能性を常に意識し、「過ちを隠さない」・「過ちがあれば、すぐに失敗と捉えず、隠さなかったという事実を尊重する」という風土を創出しておくことの方がはるかに重要であると私は考える。

 不祥事を起こした企業などが、「これからはコンプライアンス法令遵守のための委員会等をさらに充実させ、再発防止に専念します」という言葉が発せられ、体裁だけが整えられる度に、本質を本当に理解されているのだろうかと考えるのは私だけだろうか。

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