ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

JR福知山線事故から2年

 兵庫県尼崎市JR福知山線脱線事故から満2年を迎えた今日。

 私の母校である同志社大学の学生も極めて残念ながら惨事に遭遇した。

 JRと私は仕事柄、微妙な関係があり、この事故について、ほとんど書いていない。ただ、想像を超える事態に私もやはり、いろいろと思うことがあった。

 事故から2年。

 今も昔も、何の違和感も無く、週に2、3回はJRに乗っている。他に移動手段が無いという現実がある。

 今日、長男は1泊2日の修学旅行。移動はバスだ。事故など起きることも無く、気にはしていない。ただ何のトラブルも無く修学旅行を終えることだけを父として祈っている。

 1995年1月17日に神戸をおそった未曾有の大地震。少し落ち着いた段階で、私は神戸の友人を訪ねた。もちろんJRで移動した。神戸に近づくと、車窓から見える景色が一変した。倒壊した家屋、ブルーシートで覆われた家屋など、私なりに地震の強烈さを実感した。そして神戸に着いた時、現場の瓦礫地震の痕跡など、自分の眼で現実を見た。

 強烈だった、地震直後の神戸は。

 JR福知山線脱線事故、そして神戸の未曾有の大地震。私だけかも知れないが共通していることが、「JR」だ。

 私は、「JR」を非難する立場に無い。当たり前の話だ。学生時代も「JR」を毎日、利用していた。ただ、「JR」で仕事の移動手段としてお世話になっていると共に、「JR」は大きな、様々な意味で、私の人生の一部、考えさせられるものがあることだけは事実である。

 改めて、福知山で予想できない事故に遭遇された皆様にお祈り申し上げると共に、この事故単独だけでなく、私なりに何ができるのか模索する発露としたい。

 新潟中越地震に私なりに動いたように。

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