ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

行動のスタートは自分自身だけが左右できる

 私は、社長であり、最終的な決断だけでなく、最終的な全責任を負う立場にあります。良く世間では「社長さんは給料も多くもらっていいなぁ」などど言われる方、思っておられる方がおられます。しかし、「社長になること、社長として存在し続けること」は、一度、「社長」という肩書きを担ってみるとまったく別の想像できないような世界が待ち受けています。「社長」というものは一種の「職業」と言えるかもしれません。  詳細は書けませんが、この数ヶ月、ある事柄について正直に、真摯に、そして誠意を持って相手様と交渉してきました。もちろん相手があることなので、一般論としては、私の主張が完全に認められることはありません。しかし、自分なりに考え、重複になりますが正直に、そして誠意を持って行動することで、ほぼ交渉内容は終わろうとしています。もちろん上述したように決断だけでなく将来、発生する可能性のあることすべてについての最終責任は私にあります。  私は、過去のエントリである「主体的に行動することで選択肢が広がる」で次のように書きました。
主体的な行動による決断こそ失敗しても自信につながる  過去に何度かエントリしましたが、私は仕事だけでなく人生においても「自ら主体的に道を切り開く」ことが重要と書いてきました。主体的に決断した結果が間違いであったとしても、誰かに言われて、やらざるを得なくなった結果が招いた失敗とでは雲泥の差がある、失敗した後の迅速な軌道修正も主体的な自らの決断であれば連続性があるとも言えるでしょう。
 誰かに言われてやる、あるいは相手のペースによる後手後手の対処などは、結果として表面上は、私が有利な立場になったとしても、このような状況下での交渉や案件は、ちょっとした油断で最悪の結果を招く可能性が無いとは言い切れません。そして実際に予想していた以上の悪い結果を招いたという経験もしています。  結局、自分で良いと判断し、当初の交渉の結果は私に不利であったとしても、逆に長い視野で見れば結果として私に有利になることもあるということです。最初に損をして最後には得をとるとも言えるでしょう。また、「ギブ&テイク」は仕事だけでなく、人付き合いにおいても良く使われる言葉ですが、主体的な「ギブ&テイク」と相手のペースに基づいた「ギブ&テイク」は、言葉は同じかもしれませんが、まったく中身は違うものです。「自分が納得済みのギブ」と「渋々、言われたからやった結果のギブ」では後者はあまり気分の良いものでもなく、将来的な効果や良き結果を得ることは少ないと私は考えます。  さて、ビジネスピープル共和国のヨロンさんが「“どうするか”は全て自分の中にある」というエントリで次のように述べておられます。
やりたいことがあるならその方向へ向かって 歩みを始めればいいだけです。 自分でやりたくなければやめればいいだけです。 今の人間関係が煩わしければ、 自らその人間関係を断ち切ればいいだけです。 人間は自分の意思に従って動くものです。 他人がどうのこうの言ってもそれらは関係ありません。 決めるのは自分です。 どう行動するかは本人次第です。 つまり、“どうするか”は全て自分の中にあるのです。
 その通りだと思います。何をするにおいても、「出発点はすべて自分の中にある」のです。ビジネスと関係の無い、極端な例えになりますが、空腹でもないのに「今からこのメニューの夕食をとりなさい」と毎日のように第三者から言われ続けた場合、精神的にも肉体的にも非常に厳しい結果を生むことは誰しもが想像できることでしょう。  空腹になったから、あるいは旬の味を楽しみたいから食べたいものを食べたい時に食べる。この一見、簡単な自分自身の行動も、結局は無意識、意識的どちらかに関わらず「自らが決めていること」なのです。そしてヨロンさんがご指摘の通り、「他人がどうのこうの言っても関係ない」と思い続けることがさらに重要だと私は考えます。  私も過去には、他人に左右され、振り回され、経営や様々な判断・決断が遅れる、失敗したという経験を多く持っています。しかし、重複になりますが、自分で決めたことが失敗に終わったと自分自身は感じていても、第三者にとってはまったく失敗に見えていない場合も多くあります。  重要なこと。それは、「どんな行動においても、その行動を出発させるのは自分自身しかあり得ないとまず信じ続け、それを実行し、やり抜くこと」だと私は考えます。 参考過去エントリ:他者を変えるためには、まず自らが変わらなければならない起業家ブログ:下記バナーを是非ともクリック下さい。
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