ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

ゴミをなくす形が先か中身が先か

過日、京都の一番、大きな川でさくらまつりがありました。

毎年、約6万人は集まる巨大なイベント。ゴミの出る量も半端ではありません。

屋台で食べた使い捨て容器がゴミ箱からあふれ、風に飛ばされ、川で散乱する。よくある光景です。

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ところが今年は、いつもの光景が一変しました。

使い捨て容器ではなく、再利用可能なプラスチック容器が採用されたのです。少し難しく表現すると「リターナブル容器」と「デポジット制」が組み合わされたシステムとなります。利用者は、デポジット(預かり金)を前払いし容器を購入、食べた後は容器と交換にデポジットを受け取る。使用された容器は食器洗浄機を搭載した専用車で洗浄され、その場で再利用されるといった流れです。お金と引き換えに容器を使い、使い終われば容器を戻してお金も戻る、こういった同様のシステムは日本の他の地域や諸外国でも取り組まれています。

このシステムは新聞にも取り上げられ、システム関係者の「成功だ」という喜びの声も掲載されていました。関係者の方は「消費者に一連のシステムの流れを体験してもらい、循環型社会構築の必要性について意識してもらうきっかけになれば」といった内容を話されていました。

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しかし、私は何か違和感を覚えていました。

もし私が使い捨て容器製造の経営者なら、「ちょっと困った話だな」とも思うでしょう。逆にこのようなシステムをビジネスとして取り組んでいたのならば、「チャンス到来だ」と思うでしょう。しかし、新聞記事を見てから根本的に何かが違う感じが常にありました。

そして、一つの答えが先週末の子供との会話で見つかりました。

それは、子供達と公園に遊んでいたときのことでした。

「お父さん、自然の敵だ!! やめなさい。」

「ゴメン、お父さんが悪かった。」

突然の次男の声に、理由も分からず反射的に私は答えました。

そして周囲を見渡すと、私のポケットからこぼれ落ちたある物が地面にありました。そうなのです、子供はいつも遊び親しんでいる公園に私が物を捨てたと勘違いしたのでした。そして私は「すまんな、お父さん、拾っておくね。」と子供に話しかけました。

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これが違和感の一つの答えです。

日本人だけではないかもしれませんが、「形から入って中身が伴わない」ということが良くあります。今回のさくらまつりの場合も「素晴らしい形」がつくられました。そして、中身は「いかにゴミを捨てない意識を持つか」、「ゴミを捨てるという行為をなくすか」だと思います。「素晴らしい形=ゴミをなくすシステム」、「中身=ゴミを捨てない意識」となるでしょうか。

自分の子供を誉めるわけではありませんが、彼は「中身」から入っていったのです。小学一年生だから純粋な気持ちがあるのか、学校教育が関係しているのか私にはわかりません。そして、ゴミを捨てる、捨てないといったことなどまったく意識もせず、人間中心ではなく自然中心に私の息子は物事を考え、声を上げるという行動をしていたわけです。いくら公園にゴミ箱が多数、設置されていても、ゴミを捨てる人間は捨てるのです。そして捨てない人間は、もちろんゴミを捨てることに躊躇されるのかもしれませんが「ゴミを捨てない」という行為を超えた意識を持っておられるのでは、と私は考えています。

環境問題を解決するには、莫大なコストを要するものがあります。一部ではコストをかけても解決すべきという方もおられますし、費用対効果を考慮し、できる限り最小限のコストで問題解決していこうという考えの方もおられます。この意見の食い違いだけで対立している団体もあるかもしれません。

ただ、いずれの場合でも形から入るのではなく、中身から入ることが必要だと私は思います。ゴミをなくす素晴らしい形を費用をかけてつくるのではなく、ゴミを捨てる意識をなくす仕組みをつくることに先に費用をかける。そうでないといつになってもゴミは減りません。人間の数だけゴミが存在するといっても過言ではないのですから。そして今までに何回も言っているように、人間中心ではなく自然中心での発想で。

素晴らしい形があれば、意識や行動が伴うのではなく、大きな枠組みでの自然を中心に考えた意識や行動が確立してこそ、素晴らしい形はさらに磨きがかかる。これが環境問題も含め、社会全体において大前提ではないかと子供の一声で感じた一日でした。子供からは本当に教えられることが多いと再認識した一日でもありました。

ではこれにて。

また、長時間会議行ってきます。今日は早く終了しますように。

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