ベンチャー企業社長の挑戦、そして苦闘

サン・アクト株式会社というベンチャー企業の社長が語ります。

「ゆとり」を取り戻すために

長年の盟友である、「at most countable」様から(以下、サイト管理人である「めたかさん」と記述させていただきます)、昨晩、

競争社会を生き抜くために(2)」という私のエントリーにトラックバックを頂戴しました。

やっぱり「子供は大人社会の鏡」だと思う」という記事です。

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今回、「ゆとり教育」といった教育現場に視点を置くのではなく、社会全体に対する「ゆとり」について、私なりに考えを述べたいと思います。

まず、多くの皆様が同感いただけること。それは、少なくとも今の日本に「様々な意味でのゆとり」が無くなってきているということです。

人それぞれ、「ゆとり」という捉え方は違うと思います。「精神的なゆとり」・「金銭的なゆとり」など様々でしょう。

めたかさんは、「「優しさや思いやり」があれば「100点満点」だよ」という記事も書かれています。

その中で、

どうせなら「私が社会に対して望むこと」

ってのを、

ちゃんと明示しておこうって思いまして。

でも、

それはちょっと「教育」って事からは

離れちゃうかなって思ったので、

エントリを新しくしました。

と書かれています。

さらに、

だから、

「教育」って事についても、

色々と思う事はあります。

でも

本当に一番願っている事、それは

他人への思いやりのある人になってほしい

それだけだったりします。

もう、

それさえあれば、他がどれだけ劣っていたって、

100点だよって。

と、まさしく記事のタイトル通りのことを書かれています。

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さて、私なりに思うこと。

めたかさんが指摘されている「他人への思いやりのある人になってほしい」という願い。これを達成するためには、やはり「ゆとり」が無ければ難しいと思います。

例えば、人それぞれ立場があります。私の場合、父親であり、かつベンチャー企業の社長という大きく分けて二つの側面を持っています。

私自身、この二つの側面、双方とも「ゆとり」、簡単に言えば「余裕が無い」状況にあります。父親としてあるいは社長として、どちらも重要で、同一的に考えなければならないのですが、毎日が精一杯で、日々、どちらかの側面に比重が偏ってしまいます。

これは普通のサラリーマンの多くの方も同様だと思います。仕事人であり、かつ父親であるという意味で。他にも様々な職種の方、女性の方、ほぼすべての方に該当すると思います。「二つの側面」がある、あるいは人によっては、それ以上の多くの側面を持っておられる方もいらっしゃると思います。

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しかし、冷静に分析すれば、「人が多重な側面を持つ」ということは、昔からあったこと。そして、昔から「ゆとり」あるいは「余裕が無い状況」は、多くの方が恐らく、感じられていたことだと思います。

特に戦後まもなくや、高度成長期の時代など、反面、バブル時期も同様だったでしょう。さらに、今以上に、あるいは今と同様に、過去から「競争社会」は存在していました。

では、過去と今、そして将来、何が違うのか。

私のいつもながらの持論ですが、

獲得する、獲得しなければ生き残れない時代から、

何もしなくても、簡単に手に入れられる時代に急速に変化した、

そんな時代・社会・文化になってしまったからだと私は思います。

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二つ程、例を挙げてみたいと思います。少し分かりにくいかもしれませんが。

私が、米国留学時代、まだインターネット・メールなどほとんど普及していませんでした。日本から日経新聞を週に一回、まとめて送付してもらったり、日本とのやりとりは、すべて国際電話でした。

また、論文を書くためには、図書館に行って、膨大な資料から検索してやっと書き終えるといった状況。

もし、私が今、米国留学をしていたら、これらのコストや時間はほぼ10分の1に減っていたはずです。

今なら信じられない話かもしれませんが、上述した状況が「普通」であり、当然のことで、コストや時間を要することで、自分を切磋琢磨していたと今では思っています。

二つめの事例ですが、私が大学生の頃の「就職活動」。

(私は就職せずに、直接、米国留学しましたが)当時はバブルの絶頂期で、誰でもが簡単に就職が可能な時代でした。

しかし、今のようにインターネットで情報を検索したり、ネット経由でエントリーするなどの手段はまったくといって無く、やはり足で稼ぐしか手段はありませんでした。

(もちろん、今も学生の皆様、最後は足で稼ぐ必要はありますが)

このように、過去と比較して、

絶対的なコストと時間が、生活文化で圧倒的に短縮された、そしてこれらが急速化・加速化した

のが今の社会ではないかと思います。

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換言すれば、「少しでもいつもと違うペース」に対峙したとき、今の日本人は、異様に反応するとも言えます。

そして、どこかに矛先を向けてしまうという行動に出てしまう。そんな世の中になった、あるいはこんな世の中を成立させてしまったとも言えるでしょう。

これが私が思うところの「ゆとり」が無くなった背景なのではと思っています。

めたかさんが言われる「他人への思いやりのある人」を実現させるためには、

もう少し、時代の変化を、昔に戻し、それが無理なら、少し、ゆっくりとした気持ちを多くの方が持つこと

が、一つの近道ではないかと私は思います。

笑い話でも何でも無いですが、過去に様々なブログサーバーが重くなったとき、多くのブロガーが苦情という矛先をサーバー会社へ向けました。私が使用しているJUGEMも極めて重い状況です。

しかし、いくらサーバー会社に矛先を向けたとしても、数分後に改善される話ではありません。

サーバーが改善されるまで、自分が他にやるべきこと、やりたいことをやれば良いのです。

そうすれば、きっと自分自身でなく、少しは周囲の人間に眼を向けることができると思います。

「自己中心的な社会から他者中心の社会」へ。

皆様も、こんな社会の実現へ一歩を踏み出されればいかがでしょうか。

皆様、異論反論あるかとは思いますが、またコメントをいただければ幸いに存じます。

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PS

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